ヒヨコくんが家を出ることを決めたのは、いつもの賑やかな朝の風景の中で、ふと「もっと広い世界を知りたい」という気持ちが胸に芽生えたからでした。
その日は、ヒヨコ三兄弟でおもちゃの飛行機を作る約束をしていました。でも、ぴもんくんは「お腹が空いたピヨ」と言って途中でおやつを食べに行き、ひよたくんは「説明書をちゃんと読んでからがいいピヨ」と言って、なかなか作業が進みません。
「ボク、みんなと一緒にもっと楽しく作りたかったピヨ……」
ヒヨコくんは少し寂しさを感じながら、一人で飛行機を作ろうとしました。でも、やっぱり兄弟と一緒に楽しむことを期待していたので、心の中にはなんとなく物足りなさが残りました。
その日の夜、布団にくるまりながらヒヨコくんは思いました。
「ボク、もっと新しい景色や知らないことに出会ってみたいピヨ。そうすれば、次にみんなと何かするときに、もっと楽しいアイデアを持ってこれるピヨ!」
じっとしていられない性格のヒヨコくんにとって、「今ここじゃないどこか」への憧れが大きくなっていきました。
「一人で冒険してみるピヨ。それできっと、みんなに面白い話をたくさん持ち帰れるピヨ!」
次の朝、ひよこママが朝ごはんを作っている間、ヒヨコくんはそっとリュックにお気に入りのものを詰め込みました。大好きな500円玉を御守りにポケットへしまい、まだ誰も起きていない静かな時間にそっと家を出ました。
一度だけ家の方を振り返ります。窓からは、朝ごはんを作るひよこママの優しい背中が見えました。胸が少しきゅっとしましたが、ヒヨコくんはすぐに顔を上げました。
「いつかもっとすごいヒヨコになって帰ってくるピヨ!」
そうつぶやくと、ヒヨコくんは小さな足でてちてちと歩き出しました。
でもその心には、家族の笑顔やみんなと過ごした温かな思い出もちゃんと持ち続けていました――一人で歩き出す理由も、みんなと一緒にいたい気持ちも、どちらもヒヨコくんにとって大切だったからです。
ヒヨコ三兄弟の家では、朝から賑やかな音が響いていました。キッチンではひよこママがトントンと軽やかな手つきで朝ごはんを作っています。
「今日はフィッシュアーモンドのサンドイッチにしようかしら。みんな大好きだものね。」
ぴもんくんが食卓に顔を出しました。「ママー、ヒヨコくんが起きてこないピヨ。」
ひよこママは手を止めて、「まあ、ヒヨコくんったら、また寝坊かしら?」と笑いながら二階に声をかけました。「ヒヨコくん、朝ごはんよ! 起きなさい!」
でも、返事はありません。
少し心配になったひよこママはぴもんくんとひよたくんを連れてヒヨコくんの部屋を見に行きました。すると、そこには空っぽのベッドと机の上の手紙がありました。
「ボクはもっと冒険がしたいピヨ! だから、家を出るピヨ!」
ひよこママは驚いて、手紙を握りしめました。「なんてこと……!」
ひよこママの動揺を見て、ぴもんくんが急いで言いました。「きっと遠くには行ってないピヨ!」ひよたくんも「みんなで探しに行こうピヨ!」と提案します。
ひよこママは「そうね。みんなで手分けして探しましょう。絶対に見つけてあげるわ。」と頷きました。
それから近所のベルちゃん、ピヨちゃん、リンちゃん、すーさん、よいちゃんにも声をかけて、みんなでヒヨコくんを探し始めました。
ベルちゃんは森の近くを探しながら「ヒヨコくん、大丈夫かしら?」とつぶやき、ピヨちゃんは「きっと疲れてどこかで座っているわ。」と冷静に推理しました。
その頃、森の中にぽつんと座り込んだヒヨコくんは、リュックをぎゅっと抱きしめながら震えていました。
風が木の葉を揺らす音や、どこかで鳥が鳴く声さえも、さっきまでは「冒険の音」に聞こえたのに、今はなんだか怖くて仕方がありませんでした。
「ボク……何してるピヨ……」
ぽつりとこぼした言葉に、自分の声さえも心細く響きました。
大好きな500円玉をポケットから取り出して、ぎゅっと握りしめます。
「みんな、もう朝ごはん食べたかな……ぴもんくん、おかわりしてるかも……ひよたくん、ボクがいないって気づいてるかな……」
思い浮かぶ家族の姿に、ヒヨコくんの胸がぎゅうっと締めつけられました。
「ひとりって……こんなに、さみしいものピヨ……」
ぶるっと小さな体を震わせると、ぽろぽろと涙がこぼれ始めました。
「ごめんピヨ……ママ……ぴもんくん……ひよたくん……」
涙は止まらず、ちいさな顔をぐしゃぐしゃにしながら、声を押し殺して泣きました。
「帰りたいピヨ……でも、どうやって帰ったらいいかわからないピヨ……」
そのとき、どこからか聞こえてきたのは――すーさんの大きな声。
「ヒヨコくーん! 帰ってくるぞう!」
耳を澄ますと、他にも懐かしい声がたくさん――ベルちゃん、ピヨちゃん、ぴもんくん、ひよたくん……
「……みんな……!」
ヒヨコくんは涙をぬぐい、小さな声で必死に叫びました。
「ここピヨ……ここにいるピヨ……!」
みんなが駆け寄り、ベルちゃんが「見つかってよかった!」とそっと抱きしめ、ぴもんくんはフィッシュアーモンドを差し出し、「これ食べて元気出すピヨ!」と優しくしました。
ひよたくんは目を潤ませながら「お兄ちゃん、心配したピヨ。」とヒヨコくんに寄り添いました。
家に帰ると、ひよこママが広げた翼でヒヨコくんを優しく包み込みました。「もう一人で勝手に行っちゃダメよ。心配で胸がつぶれるかと思ったわ。」
ヒヨコくんは涙目で答えました。「ごめんピヨ……ボク、家出なんてもうしないピヨ。」
ひよこママはニコッと微笑み、「それでいいのよ。冒険したいなら、次はみんなで相談してね。一人じゃなくて、みんなで楽しみましょう。」と言いました。
その夜、みんなでテーブルを囲んで朝食に作るはずだったフィッシュアーモンドのサンドイッチを食べました。
ヒヨコくんは思いました。「やっぱり、みんなといるのが一番楽しいピヨ。」
それからは新しい冒険をするとき、必ずみんなに相談するようになったヒヨコくんなのでした。